フランスと小林多喜二『蟹工船』

フランスと小林多喜二『蟹工船』

ボンジュール、パリマセのたーしーです。12月1日は小林多喜二の誕生日ということを知りました。タイムリーなことに最近『蟹工船』を読み返したので、今日はフランスと小林多喜二について書いてみました。

フランスと小林多喜二

1903年(明治36年)12月1日生まれの小林多喜二は、日本のプロレタリア文学の代表的な小説家です。共産主義者、社会主義者、政治運動家としての顔ももちます。1920年代後半から1930年代にかけて、積極的に政治にかかわった作家のひとりと言えるでしょう。

1929年に代表作『蟹工船』を発表します。しかし当時の日本にはすでに治安維持法が制定されていたため、小林多喜二は起訴され、刑務所に収容されることになります。地下に潜り執筆活動を続けていましたが、1933年(昭和8年)2月20日に再び警察に捉えられ、最期を迎えます。

小林多喜二の死は、フランスにも伝えられました。当時フランス共産党機関紙だった『ユマニテ』(L’Humanité)の1933年3月14日号第3面は、小林多喜二が「警察の手によって殺害」されたと報じました。

『蟹工船』のフランス語翻訳

そういうわけで小林多喜二の存在は1930年代前半にはすでにフランスに伝わっていたのですが、彼の代表作『蟹工船』の翻訳も早くから行われていたのでしょうか。今のところ、彼の存在ほど早く『蟹工船』がフランス人に知られていたようには思えません『蟹工船』がLe Bateau-usine として翻訳出版されるのは2009年だからです(訳者は Évelyne Lesigne-Audoly)

もちろん一部の “japonophilie” のフランス人や、映画愛好家のフランス人には知られていたのかもしれませんが(1953年に映画化されている)、小林多喜二の原作を翻訳で楽しめるようになったのはもっと後になってからと言えるでしょう。

ちなみに、それまで英語、中国語、ロシア語、タイ語、ドイツ語、スペイン語、タイ語、ポーランド語、チェコ語、イタリア語で訳されていた『蟹工船』ですが、2008年以降に新訳が相次いだそう(cf. https://www.contretemps.eu/le-bateau-usine-de-kobayashi-takiji-1929-ca-pourrait-tres-bien-nous-arriver-a-nous-se-disait-il/)。やはりリーマン・ショックに端を発する経済危機が関係しているのでしょうか。このあたりはもう少し調べてみたいです。

ところで『蟹工船』に登場する北国の人物たちは基本的に方言で話すので日本語で読んでもちょっとむずかしい箇所があります。フランス語版 Le Bateau-usine ではこの方言の訳し方にも工夫が凝らされています。勉強になりました。

また、Éditions Yago から出版された2009年の Évelyne Lesigne-Audoly による翻訳本はあとがきも充実していてよかったです。小林多喜二の略歴や作品紹介はもちろん、彼にゆかりのある北海道(小林多喜二は小樽商科大学時代にフランス語を選択していたらしい)の当時の状況や、文体の分析等、非常に興味深いことが書かれていました

あとがきには2008年の状況に『蟹工船』で描かれている情景と重なる部分があるとも書かれていました。たしかにあのときも不景気でしたが、2021年末のいまはどうでしょうか。パリの天気もあいまって暗澹たる思いが拭えませんが、すこしでも楽観的にがんばっていきたいものです。