【フランス】大学、大学院留学はどうなるのか:学費値上げ反対デモについて思ったこと
- 2018/12/12
- 留学・ワーホリ
ご無沙汰しております。気がつけば三ヶ月もブログを書かずに過ごしてしましました。
この間、私生活でも国内情勢でも本当に色々なことがありました。とりわけ最近は、複数のデモ活動が並行しています。まずは Gilets jaunes(黄色いベスト運動と日本語では訳されていますね)。これは、政府による燃料税の引き上げやガソリン価格の高騰に反対するためのものです。一部暴徒化している面に焦点が絞られて日本では報道されている印象です。
それからフランスの高校生(lycée, リセ)でのデモ。これは、高等教育制度の改革のために導入された Parcoursup というプラットフォームや専門の選択による教育不平等に対する不満に由来します(https://www.ouest-france.fr/education/etudiant/blocages-dans-les-lycees-et-les-universites-la-mobilisation-en-quatre-questions-6111018 この記事がわかりやすい)。
そして三つ目が、大学および大学院の学費値上げに反対するデモです。これは、EUおよびEEE(Espace économique européen, 欧州経済領域)の学生には適応されません。つまり、アフリカやアジア、南米といった非ヨーロッパ圏からの留学生に対する一種の差別的な対応を前提とする施策なのです。
今回は、この三つ目のフランスの大学、大学院における学費値上げ反対デモについて参加し思ったことについて書いていきます。
デモに参加する学生たち
11月19日に学費値上げが発表されて以来、私はこれまで、複数の総会(Assemblée générale)およびデモ(manifestation)に参加しています。総会で具体案の一つとしてデモの実行が掲げられ、実際に行われているという流れです。
これらのイベントには実際に学費値上げに直面する国籍の学生(南米やアフリカ、アジアの学生)だけでなく、フランスやその他のヨーロッパからの留学生も集まっていました。
先日のデモでは、2,000人近くの学生たちが集まり、反対の声をあげました。声をあげつつ街を歩いたのですが、すれ違う人たちもまた私たちに応援の声をかけてくれました。道路が封鎖され迷惑をこうむっているはずなのに、子どももご老人も、トラックの運転手さんも「がんばれ!(Bonne chance !)」という光景がとても印象的でした。
また、もう一つの具体案として大学の封鎖(ブロカージュ)も実行されています。パンテオン・ソルボンヌ大学(パリ第一大学)、ソルボンヌ・ヌーヴェル大学(パリ第三大学)、ナンテール(パリ第十大学)等、閉鎖されている大学は複数あります。
このような学生たちの怒りの行動を考慮し、政府にはぜひとも値上げを検討し直してほしいものです。
多様化の衰退と教育の独占
フランスの大学の学費の安さは一つの大きな魅力
学費値上げが発表されて以来、様々な国からやってきて大学や大学院に関わっている友人たちと会話をしました。そこで彼らが言うのは、フランスの高等教育の学費の安さです。
2018年現在、学士課程(licence)に登録するためには170ユーロ、修士課程で243ユーロ、博士課程では380ユーロかかります。これはアメリカやイギリス、あるいは日本のうん十分の一の価格です。だから、これらの国に行けなくともフランスで高等教育を受けられるというのは大きな魅力だったのです。
それが、値上げ後は学士で2770ユーロ、修士と博士で3770ユーロになるのだから痛いなんてものじゃありません。10倍です。フランス留学を検討していて、すでに11月までにいろいろな準備をしていたすべての人たちが、その差額を許容できるとは思えません。前触れなく発表され、それを許容できる資産家か何かでない限り、フランスの大学で勉学に励む権利はないのでしょうか。
インターナショナルな環境
学費が安いため、フランスの大学にはさまざまな国から、さまざまな境遇でやってくる人たちが多くいます。
誤解を恐れずに言えば、富めるものもいれば、貧しいものもいる。まさに、インターナショナルな環境です。日本ではそうだけどアルジェリアではそうではない、ブラジルではそうだけどイランではそうではない。あるいは、親が公務員だとそうだけど工場経営者ならそうではない。そのようなことを話し合い、異なる価値観をぶつけられることが不可避なのがフランスの大学です。
その中で友人をつくり議論することで、多様性を学び、他者を尊重する感覚が身につくのではないでしょうか。私はそのように考えています。
富裕層による教育の独占のおそれ
しかし、EU圏外からの留学生の学費が上げられると、これまでフランスの大学に来られていた層が限られるでしょう。反対に、お金に余裕がある層や国からの留学生が増えるでしょう。それはこれまで保たれていた多様性を損なうことにつながるはずです。
マクロン政権はアメリカやイギリスの大学を目指すといった主旨の発言をしていましたが(英語科目も増やすそうですが)、フランスを英米圏に似せることは、フランスらしさを損なうことにつながりますし、金持ちの教育独占を許容することになるのではないでしょうか。
お金がないと勉強できなくなるのなら、お金がない人間の代弁は誰ができるのでしょうか。あるいは、金がないなら発言することすら許されないのでしょうか。
いちおうマクロン政権は、この「ようこそフランス」政策(Bienvenue en France)でフランスで学ぶ学生を増やす目論見らしいです。その目論見についてツッコミどころもたくさんあるでしょうが、それはさておき、値上げによって潤うであろう財源をもとに、奨学金の拡充や学費免除を増やすとのこと。だから、優秀になりその枠に入りさえすれば問題がないのかもしれません。
しかし、実際にその優秀な層に入れる学生は
- フランス語を母語とする者たち(ネイティヴ)
- 幼少期からフランス語を習ってきた人たち(バイリンガル)
が多数になるのではないでしょうか。したがって、小さい頃からフランスに関心も持つことができなかったものは、フランスについて探究することを諦めざるを得なくなるのではないかと危惧してしまいます。また、そのような人を排除した結果、大学にはフランス的思考に十分親しんだ学生だけが残り、やはり多様性は損なわれてしまうのではないでしょうか。
日本のフランス受容(文化やフランス語)はどうなるだろうか
フランスの大学の学費が低いことは既に触れました。それが、フランスの大学へ留学することの魅力の一つでした。しかし、それが上がってしまったら日本のフランス受容は停滞してしまうでしょう。なぜでしょうか。
理由1:フランス文化のフランスでの吸収の難化
その理由の一つは、フランスの文化をフランスで吸収することも難しくなるだろうからです。当然のことですが、フランスで起きていることや起きたことを学ぶには、現地で学ぶに越したことはありません。
これまでは、フランスで学んだことを様々な形で研究者たちが日本に還元するという形が一般的でした。しかし学費値上げによって渡仏が難しくなると、必然的にフランス文化を日本に紹介する担い手が減ってしまいます。
あるいは「学費が高くなっても渡仏できる層」の手によってのみそれが行われることで、画一的な受容になってしまうでしょう。それは、フランスという多面体の分析を遅延させることに繋がると私は思います。
理由2:フランスの大学進学を勧めることの難化
第二の理由は、フランスの大学への進学を大学側から勧めにくくなるからです。これまでの学費だと、日本と比べてずいぶん安いため、比較的低コストでフランスに滞在しつつその文化の研究を続けることが容易でした。そのため、大学によっては、なるべく早くフランスの大学に進学させられるように学生を励まし指導してきたという一面も少なからずあるように思われます。
しかし、学費値上げによってそのような方法は不可能になるでしょう。フランスもアメリカもイギリスも大学学費が同じなら、研究設備の整った後者を選ぶ、という学生が増えてもおかしくありません。しかも行われる講義が英語なら、ネイティブスピーカーのいる国を選ぶのが当然でしょう。最悪のケースの場合、日本からフランスへ留学するものがいなくなってもおかしくありません。
理由3:研究者の減少
第三の理由は、フランスに関する教育の停滞から生じる、研究者の減少です。その理由をチャート図で表すと、
- フランスの学費が上がる→
- フランスに渡仏する人減る(理由1)→
- フランスへの留学を勧めにくくなる(理由2)→
- フランスへの関心が減る→
- フランスについての高等教育需要が減る→
- これまで研究してきた者が市場からあぶれる→
- 研究者は行き場をなくし死ぬ→
- フランス文化を発信するものがいなくなる→
- 受容が停滞する
こんな見通しがついてしまいます。なんとも避けたい事態です。フランスの学費が上がるということは、本当に文化的なショックが大きく、喪失も多いはずです。
日本からフランスへの留学生は、2015年で1,646人でした(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/__icsFiles/afieldfile/2017/12/27/1345878_02.pdf)。数年後、この数字がどのように変遷しているのかは神のみぞ知るのでしょう。
日本の奨学金等はどうなるだろうか
これも個人的な関心ですが、フランスに留学したいという学生を支援するための奨学金はどうなるのでしょうか。
現在、フランスに留学するための奨学金として有名なものは3つあります(過去記事参照)。この中でも、フランス政府給費留学生(ブルシエ)に選ばれると、大学への登録費(日本でいう学費)が免除されてきました。私もフランス政府給費留学生だったとき、免除されました(ただし、大学以外の高等教育機関の場合、規定の範囲内(2018年現在、5000ユーロまで)で学費の補助があるとのこと)。
しかし、これは現行の学費=170~380ユーロの場合です。これが10倍以上に跳ね上がったとき、キャンパスフランスにすべての学生の登録費を免除するための財源はあるのでしょうか。公式の発表がないのでまだわかりませんが、フランス政府給費留学選抜試験に合格したとしてもその恩恵は変わってしまうのではないでしょうか。
【2019年6月追記】少なくとも2020年度の募集では、ブルシエの学費は免除されるとのことでした(5000ユーロまでの補助も同様)。
昨今はとりわけ人文系の予算が少なくなりがちなので、文学や芸術等に憧れフランスについて勉強していた学生たちの絶望は大きすぎると思います。
おわりに
以上がフランスの大学、大学院の学費値上げについて思うところです。最近はこの話題について考えることが多く、なんともやりきれない気持ちが続いています。精神衛生上、思いつくことを書きなぐってしまいました。そのため考えが浅いところもあるかと思います。もしご意見等があれば、コメントでも問い合わせでも、ご連絡いただければと思います。
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